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室町時代1570年創業の歴史と伝統が当社の誇りです。

伝承薬を今に活かす翠松堂製薬

百毒下しのチラシ百毒下しのチラシ百毒下しのチラシ百毒下しの絵葉書

弊社の創業は1570年、今から430余年前の室町時代末期です。江戸時代には時の関白二条家より直参調薬所としてのお墨付きをもらい、「二条殿御薬所」として日本全国で名が知られるようになりました。宮中をはじめ全国に薬を販売していた弊社には、江戸と長崎を往来する蘭法医たちが立ち寄るようになりました。
その中の一人、歴史上の人物である松本良順が弊社に滞在中に処方を伝授したのが「百毒下し」です。松本良順が自ら能書きに記したのが「男女老若、瘡毒一切に効あり」という一文。つまり、「すべての"毒"を根絶する」というもので、当時は解毒や性病の治療などに使われていました。近代医学の開祖である松本良順の処方とあって、発売直後から飛ぶように売れて全国に広まったのです。
また、昔の人々は一生に一度、お伊勢参りをするのが夢だったといわれていますが、「百毒下し」はそのお土産としても人気が高かったようです。
その後、1960年代にいくつかの配合成分を入れ替え、「百毒下し」は今日に受け継がれています。
私どもは永年培われた伝統を今に活かしつつ、新しい技術も取り入れながら、安全で有効な医薬品を追求し、たゆまない研究開発をすすめております。

松本良順

松本良順

近代医学の開祖。将軍家茂の侍医で、新撰組隊士を治療したこともある。明治に入ってからは初代軍医頭(陸軍軍医総監)を務めた人物。


1570
加藤延寿軒として製薬業をはじめる
江戸時代には関白二条家の直参調薬所として免許を受ける
1887
商号を加藤翠松堂と改める
1921
大正10年に個人経営を改め、資本金200円をもって株式会社加藤翠松堂を設立
東京・大阪・ソウル・台北・ジャワに支店開設
1946
資本金800万円に増資
第2次世界大戦により焼失した工場、事務所を再建し本格的な創業を再開する
1948
社名を加藤翠松堂製薬株式会社と改める
1960
台湾・琉球(現沖縄)・香港・東南アジアへの輸出再開
1965
本社、工場 新築落成
1997
(旧)株式会社トーメンとの資本提携を含む業務提携
2001
アリスタライフサイエンス株式会社の子会社となる
2004
ピアス株式会社の100%子会社となる
2005
社名を翠松堂製薬株式会社と改める

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